© 2018 by ÉCOLE DE CURIOSITÉS

  • Black Instagram Icon
  • Black Facebook Icon

DORA

17SS

DORA

Story

EN | JP

ここにやってきた最初の日から、ここにやってきたことは間違っていなかったんだと思い続けてきた。

 パリに生まれたものの、ほんの子供の頃に、両親に連れられてこの街をあとにした。

 その15年後、私はひとりでこの街に帰ってきた。そして、初めて、ひとりで歩いた。ひとりきりで。

 

 セーヌにはいくつもの橋が架かっている。いったいいくつの橋があるんだろう。友だちも恋人もいない、お金もない、仕事もない、ましてや地位なんて。あるのはただ時間だけ。だから、橋を数えて、右岸から左岸へ、また左岸から右岸へ、行ったり来たり、さすらった。あてもなく。

 いつまでも沈まない太陽が西の空に居座っていた。明るい宵に誘い出されて、若者たちが大声で歌を歌いながら橋の上を行き交う。酔いどれの男が橋を横切ろうとして、車に派手にクラクションを鳴らされる、その色あせて擦り切れた上着が斜陽に濡れて輝いている。恋人に抱きすくめられて笑い声を上げる若い女、彼女のスカートが風をはらんで不思議な生き物のように膨らんでいる。もうすぐ夏がくる、それだけで誰もが浮かれていた。

 セーヌには、大きな船のような島がふたつ、浮かんでいる。大きなほう、シテ島には、ノートル=ダム寺院が世界の真ん中に陣取ったような顔をして居座っている。天国につながる扉の中へと、信心深い人々とそうでもない人々が入り混じり、ひっきりなしに吸い込まれては吐き出される。小さなほう、サン=ルイ島は、うってかわって人通りがない。そこは確かにパリの真ん中なのに、世界から忘れ去られたような、孤高の石ころにも似た島だった。私は、サン=ルイの先端を横切って架かる橋を、ゆっくりと、何かを確かめる足どりで歩いていった。

 川風がブラウスのセーラーカラーを揺らして通り過ぎる。ふと、誰かに呼びかけられたような気がして、立ち止まった。

 橋の手すりに背中でもたれかかり、夕映えの空を仰ぎ見る。沁み入るような黄昏が空いっぱいに広がっていた。ずっと高いところを、カモメが一羽、群れからはぐれて飛んでいく。

 −−−あなたはほかの誰にも似ていない。

 

 友だちの言葉を、ふいに思い出した。少し棘のある声だった。皮肉のつもりだったのかもしれない。けれど、そのひとことが、私の背中を押した。

 そのとおり、私はほかの誰にも似ていない。だからこそ、ひとりで歩き始めればいいんだ。

 そうして、私は、この街へやって来た。歩き出すために。すべてを始めるために。

 誰にも似ていない誰かと巡り会うために。

 

 街の輪郭が薄暮の中へとしだいにほどけてゆく。ヴェルヴェットのよう蒼く淡い闇のあちこちに、ぽつぽつと街灯が点る。

 ポケットに両手を突っ込んで、石橋の手すりにもたれかかったまま、私は、またたきもせずに、まもなく始まる夜を待っていた。たったひとりの短い夜と、そのあとにくる明日を。

 

ÉCOLE DE CURIOSITÉS SPRING/SUMMER 2017