Simonetta
何を震えているのです、美しいひと、さあ咲きほころぶ花のような顔をあげてごらんなさい。
太陽が光の⽮を⼣映えの⽮筒に収め、こぼれ落ちるざくろの実のような星々が夜空を輝きで満たすとき、
夜鳴き⿃のさえずりが宵⾵に乗って渡りくるそのとき。
あなたの清らかな⽿もと、なめらかな陶磁器の⾸すじを、幽けき⽉影が濡らしているのが私には⾒えま
す。
あなたの体を包み込んでいる薔薇⾊のローブ、襟元を縁取るさざなみの泡のレース、腕に巻きつけた空
⾊のリボン、⾦⾊の巻⽑に編み込んだ吐息の真珠。そのすべてを脱ぎ捨て、⽣まれ変わる新しい⽇がやが
て訪れる。
その訪れを、畏れてはなりません。なぜなら、明⽇、フィレンツェのすべてのひとびとが、新しいあな
たを⽬にする瞬間を待ちわびているのですから。
ためらうことはありません、麗しいひと、さあ⽔⿃のような⾜を⼀歩、前に踏み出してください。
あなたのつま先が触れた⼤地に萌え広がる花々を、踏みしだいて進んでください。
⻘ざめたくちびるにとどまっていた苦悩のため息は、⼝もとから解き放たれた瞬間、詩に姿を変えるで
しょう。
ゼピュロス
それでもなお迷い⼾惑うならば、その⾝を⻄⾵に預けてみればいい。ゼピュロスはあなたに向かって⽣
命の息を吹きかけ、あなたにまとわりついている虚栄のすべてを剥ぎとってくれるでしょう。
運命のときが近づいています、たおやかなるひと、さあみずみずしい楡の梢のような腕を差し伸べてみ
てください。
いかにも、あなたは⼈の妻だ。けれどあの⽅と、あなたは出会ってしまった。オリュンポスの神々にも
劣らぬ活⼒をもってこの街を繁らせ栄えさせるメディチ家の凛々しい美丈夫、ジュリアーノと。
困難を乗り越えてあなたがたが結ばれる⽢美な夢想に、⼼を奪われぬ者がこの世にあるでしょうか。
約束しましょう、アポロンとアフロディーテの恋の道⾏きを阻むいかなるものも、画家であるこの私が、
絵筆を持って消し去りましょう。それがフィレンツェのすべての⼈々の願いだと、私は知っているのです
から。
ジオストラ
明⽇になればサンタ・クローチェ広場で開かれる騎⾺競技。あなたは勝利の⼥神になって、勝者に冠を
被せかける。その冠を頂くのは、きっとジュリアーノだと信じて、私はあなたの姿を彼が掲げる旗に描き
ましょう。
純⽩のローブ、裾を飾る幾多の花々、花冠を飾った⻩⾦の髪のあなたを⽬にすることができる幸福なフ
ィレンツェ市⺠に、あなたの美を、愛を、永遠に記憶させるために。
やがてあかつきのベールが満天の星を覆い隠し、再び太陽が光の⽮を放つそのあいだ。
澄み渡った海の底から⾙の⾈に乗り、あなたが誕⽣するその瞬間。
ホーラ
千花散りばめられた真新しいローブを、季節の⼥神が輝く裸⾝に着せかけるその刹那。
私は、時を⽌めましょう。あなたの姿を、とどめましょう。とこしえに、我が画布の上に。